宙に凍るポートレート2008年07月10日
Barkさんがまた面白いことをやってくれました。
彼女のギャラリー《Quintessence》の上空に、トルネードのように舞い上がる100点あまりのモノクロームの写真たち。動的オブジェクトではなくて静止状態で浮かぶポートレート群ですが、動いてないことがかえって、DNAの螺旋構造へと集結する直前に凍り付いたような、写真家の「血」のモニュメンタルなイメージを与えてくれます。
これはもう写真のユニークな展示方法といった次元ではなくて、写真というオブジェクトを用いたインスタレーション作品ですね。じつは私、某所SIM内に作る予定のギャラリーで、ボルタンスキーの80年代の作品のような、シンメトリーな祭壇画風のレイアウトを考えていたのですが、それが見事に吹っ飛びました。いやもうほんと、箱は要らないですよ(作業的にもそのほうがラクだし)。
とはいえこのモニュメントは全体でひとつの作品であると同時にそれぞれ個々の独立したポートレート作品でもあるわけですから、ぜひとも飛行しながら(あるいはカメラで)1枚1枚ご覧になっていただきたいものです。
それにしても私たちはなぜ写真に撮られた自分の顔や他人の顔をついまじまじと見てしまうんでしょう。その行為の不思議さについてのゴプニックの言葉を引用しておきます。解答ではないけども、きれいな文章だったので。
私たちは写真に映った人の顔だと、ベッドメイクになるかも知れない相手を初めて見るときとか、愛する人への最期の一瞥といった、よほどの感情に駆られた場合以外にはまずしないような強烈な集中力と親密な情愛を込めて見ることができる。
──アダム・ゴプニック『美術界:遺失物取扱所』より
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http://katati.slmame.com/t300645
この記事へのコメント
ww
かちさん、どうもありがとうございます。
美しい文章と行間のメッセージ、
しっかり頂きましたww
つかいましょう、、これw
この世界に生まれてすぐに
空中にパノラマの写真を並べて、一年になりました。
どんなことがあっても削除することをしなかった
その地上の作品を、ついにデリートしました。
そして予てから、構想していた「ばらまきポートレート」を、
あえて、喧騒としたメインランドの真ん中に出現させました。
隔離されていない普通の土地に置くことも
この作品の重要なテーマのひとつであると考えたからです。
空中に、浮遊するオブジェクトによるインスタレーションは、
AM Radio氏が有名ですが、
彼の豊穣なテクスと、その作品のもつ空気感にも
決して負けてません。
自分で言いますww
人は実際、、、
他人の顔をあまり注視することはありません。
それが照れによるものなのか、
礼儀によるものなのか、
見ていることを、悟られたくないのか、、、、、、、
驚くべきことに、われわれアバターも
注視していると悟られる本能を背負わされています。
実は人の顔をじっくり見たいという好奇心が
肖像写真を、前にしたときに
開放される様な、気がしてなりません。
思う存分、見てください。
掟破りの1024テクスチャー100枚です。
竜巻の中心部分下部のギャラリープールの上に、
白いエレベーターチェアーも御用意しています。
自動的に5つまで椅子はrezされます。
おとなりのニュービーさんは、
ご自分のスカイボックスの窓の外に、
いきなり出現した写真達を見て、
速攻、飛んできました。
文句言うのかなと思ったら、
50リンデンのチップくれましたw
翌日には彼の部屋の上にも
無造作に浮かべられた写真がありましたw
それまでは、ひとつしか灯ることのなかった、
彼の土地のレーダーに、
緑の点が複数あるのを見て、
ほくそえんでいる私ですwww
かちさん、どうもありがとうございます。
美しい文章と行間のメッセージ、
しっかり頂きましたww
つかいましょう、、これw
この世界に生まれてすぐに
空中にパノラマの写真を並べて、一年になりました。
どんなことがあっても削除することをしなかった
その地上の作品を、ついにデリートしました。
そして予てから、構想していた「ばらまきポートレート」を、
あえて、喧騒としたメインランドの真ん中に出現させました。
隔離されていない普通の土地に置くことも
この作品の重要なテーマのひとつであると考えたからです。
空中に、浮遊するオブジェクトによるインスタレーションは、
AM Radio氏が有名ですが、
彼の豊穣なテクスと、その作品のもつ空気感にも
決して負けてません。
自分で言いますww
人は実際、、、
他人の顔をあまり注視することはありません。
それが照れによるものなのか、
礼儀によるものなのか、
見ていることを、悟られたくないのか、、、、、、、
驚くべきことに、われわれアバターも
注視していると悟られる本能を背負わされています。
実は人の顔をじっくり見たいという好奇心が
肖像写真を、前にしたときに
開放される様な、気がしてなりません。
思う存分、見てください。
掟破りの1024テクスチャー100枚です。
竜巻の中心部分下部のギャラリープールの上に、
白いエレベーターチェアーも御用意しています。
自動的に5つまで椅子はrezされます。
おとなりのニュービーさんは、
ご自分のスカイボックスの窓の外に、
いきなり出現した写真達を見て、
速攻、飛んできました。
文句言うのかなと思ったら、
50リンデンのチップくれましたw
翌日には彼の部屋の上にも
無造作に浮かべられた写真がありましたw
それまでは、ひとつしか灯ることのなかった、
彼の土地のレーダーに、
緑の点が複数あるのを見て、
ほくそえんでいる私ですwww
Posted by bark at 2008年07月10日 14:38
記事より長そうなコメントありがとうございますw
barkさんの記事を書くと
コメントで補完していただけるので、とてもありがたいし、楽しいです。
普段こうしたことはあまり語って下さらないので、これからもこの手を使おうかなぁとw
>隔離されていない普通の土地に置くこと
ええ。その意図もしっかり感じました。
記事では竜巻に譬えたので、舞い上がるイメージになっちゃいましたが、
天から舞い落ちてくる、生まれ落ちてくるアバターたちというイメージも可能で、
彼らの依って立つ場はインワールドの喧噪の生活圏ですものね。
引用したゴプニックの言葉は、実はボルタンスキー作品への言及なんです。
ボルタンスキーは、どんなにありふれたポートレートにも哀調性、墓碑性、
死者のものである性質が潜んでいることに気づいていたのではないか、
という記述のあとに、くだんの引用が続くわけです。
生身の顔が写真という「モノ」になってくれたとき、
barkさんの言うように、もはや向こうからは見返して来ないそれを
安心して凝視する欲望が開放されるのかも知れませんね。
barkさんの記事を書くと
コメントで補完していただけるので、とてもありがたいし、楽しいです。
普段こうしたことはあまり語って下さらないので、これからもこの手を使おうかなぁとw
>隔離されていない普通の土地に置くこと
ええ。その意図もしっかり感じました。
記事では竜巻に譬えたので、舞い上がるイメージになっちゃいましたが、
天から舞い落ちてくる、生まれ落ちてくるアバターたちというイメージも可能で、
彼らの依って立つ場はインワールドの喧噪の生活圏ですものね。
引用したゴプニックの言葉は、実はボルタンスキー作品への言及なんです。
ボルタンスキーは、どんなにありふれたポートレートにも哀調性、墓碑性、
死者のものである性質が潜んでいることに気づいていたのではないか、
という記述のあとに、くだんの引用が続くわけです。
生身の顔が写真という「モノ」になってくれたとき、
barkさんの言うように、もはや向こうからは見返して来ないそれを
安心して凝視する欲望が開放されるのかも知れませんね。
Posted by Kati at 2008年07月10日 19:23






